「幹人ー…みーきとくーん、朝だよー」

窓から差し込む光と繰り返し囁かれる声に、幹人は身じろぎ重い瞼を開いた。

「んー…?」

見慣れた椅子。見慣れた壁。見慣れた天井…間違いなくここは自分の部屋だと霞のかかった頭で確認する。
でも何かが違う…空気…いや、匂いだ。自分以外の匂いを感じる。

「おっはよ、幹人くん」
「うわっ!!」

至近距離からの挨拶に驚き振り向くと、御形がなぜかすぐ隣で――幹人と同じベッドに寝そべりにこにこと笑っていた。

「ごっ…御形さんっ?!」
「具合どう?」
「え…具合?別に、どこもなんともないと…思うけど…。それよりも」
「まさか幹人くん『どうして御形さんがここにいるの?』なんて聞くつもり?」

意地の悪い微笑を見せる御形に、幹人の背筋に嫌な汗が伝う。
まさか、まさか。

恐る恐る布団を持ち上げて幹人は自分の体を確かめた。
昨日着ていたはずのコートは脱がされているが、他は特にどうにかされた痕跡は見受けられない。
ふーっと長い安堵の溜息を漏らすと、耐え切れないといった風に吹き出した御形が肩を震わせて笑いを堪えていた。

「面白いな幹人くんは…いきなりそこまで想像しちゃった?」
「そっ…ちがっ、違います違いますっ!!」
「うんうん、キミも立派な青少年だからねー」
「わー!!そういうことさらっと言わないでくださいっ!違うってば!!」

実際、御形の思う通りの想像をしてしまったわけだが。
読まれたのかもしれないな、と思った。こういうからかわれ方は好きじゃないけれど、不快にもならない。
理由は幹人自身よくわかっていた。

「聞きたい?俺と幹人くんが一緒に寝てた理由」
「…うん」

ベッドから起き上がり手早く着替える幹人の後ろで御形は大きく伸びをすると、真新しいシャツを羽織る背中にちらりと目を送った。

――本当に、覚えてないのか。

「昨日さ、幹人くんお酒飲んだの覚えてる?」
「お酒?」

幹人は訝しげに眉根を寄せ、振り返った。

昨日はたしか…塾の帰りに御形さんが働いているレストランバーに行って遅めの夕食を済ませ、カウンター越しに話をしながら…その後、どうなったんだろう。

いきなり電源を落とされたように『その後』の記憶がぷっつりと途切れているのに気づき、再び幹人は冷や汗を流した。

「どうしてお酒なんて…」
「俺が出したジュースと隣の客のカクテルを間違えて飲んじゃったんだよ。そりゃもう見事にぐいっと」

御形はそう言うと、拝むように合わせた手を頬に持っていき、目を閉じて首を傾けた。

「で、こうなったと」

わかりやすいジェスチャーに幹人は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「うわー…それじゃもしかして御形さん、僕をここまで運んでくれたとか…?」
「もちろん。ほっとくわけにもいかないだろ?」

御形の勤務先から幹人の家までそれほど遠くはないが、どうやって帰り着いたのかさえ覚えていないほど酩酊していた人間を運ぶのはかなり難儀だったはずだ。幹人は消え入りそうな声で「ごめんなさい」と呟くしかできなかった。

「うん。まだすこーし続きあるんだけど」
「まだあるんですか…全然覚えてない…」

げんなりといった表情で幹人は溜息をついた。

なにもかも綺麗さっぱり忘れてるなんて反則だ――

一定のリズムを刻む胸の内側にちりちりと燻る痛みを覚え、御形はするりとベッドを抜け出した。
全部ぶちまけてしまいたい。
無理矢理にでも飲み込んで閉じ込めていた、腹の底でずっと渦巻いている甘い熱をもった塊を。
今すぐに、吐き出してしまいたい。

「『御形さん…好き』」

しゃがみ込んだままの幹人の前に跪き、耳元に唇を近づけて御形はそう囁いた。
一瞬で幹人の体温が上がる。

「な…御形さんっ…それ…?」
「…夕べ酔っ払った幹人が俺に言ったこと」

御形は勢いをつけて立ち上がり、耳の先まで赤く染めたまま動けずにいる幹人の横を通り過ぎて部屋の扉に手をかけた。

「あ…あの…」

弱々しい声を背中に受け、ちくりと後悔の棘が御形の胸を刺す。

――バカか俺…困らせてどうするよ。

「…っと、まぁそういうワケでベッドまで運んだらがっちりホールドされて身動きとれなくなっちゃって帰れなくなったんでお泊りしました」

幹人へ向き直り、御形は人好きのする笑顔を作っておちゃらけてみせる。

「最高級の据え膳だったけどー、幹人くんガッコあるしー?だから俺我慢したからね?わー俺ってえらーい」

口調はふざけているが、ほぼ事実である。嘘があるとすれば、『身動きがとれなかった』理由くらいだ。
振りほどく気になれば簡単にできた。しかし酒の力がそうさせているとわかっていても素直に甘えてくれる幹人から離れられなくなった、それが真実だった。
そしてその邪気のない好意を、幹人の知らぬ間に汚してしまうことも、御形にはできなかった。

「なーんてね。じゃ、俺帰るから。今日もおべんきょ頑張ってねー。返事は?」
「あっ…は、はい」

よろしい、と笑顔で頷き扉を開けると、相変わらず赤面したままの幹人が後に続いた。

「…御形さん」

少し皺がついたジャケットの裾を掴んで幹人は御形を呼び止めた。

「うん?何?」
「ちょっと耳…貸してください」

幹人の挙動を訝りつつ、それでも御形は僅かに身を屈めた。
腕にしがみつき顔を近づけた幹人の息が頬にかかり、くすぐったさに気を抜いた一瞬。

「好き」

頬に暖かくて柔らかいものが優しく触れた。
少し震えているそれは、幹人の唇。

「今は酔ってない…ですよ」

体を離し、じっと見上げてくる幹人の潤んだ目が言外に『本気だ』と訴えかけてくる。

出口を求めて御形の内でぐるぐると暴れていた熱が、それ以上に秘めた熱を持つ眼差しに溶かされていくのを感じた。

「…はは、参った」

御形は手を伸ばし、そっと幹人の体を引き寄せた。さしたる抵抗もなく、すっぽりと小さな体が御形の腕の内にに収まる。

「いじめちゃってごめんな」

胸に額を押し当てたまま幹人はかぶりを振った。

「…まだ言ってなかったな。幹人くん…いや、幹人」
「…はい」

御形は大きく息を吸った。
大事な、大切な人へ、これ以上ない感謝と惜しみない気持ちを…自分の全てを伝えたい。

「俺も、好きだよ…ありがとう」







やっとできあがりました…。思いっきり原作無視です。
蒐集者組織は解散、その後御形さんはレストランバーに勤務、幹人は人間に戻って普通の高校生活を送ってる、という設定です。
幹人の家に親はいないのかとかドア開けっ放しでいちゃついてんのかこの2人とか突っ込みは勘弁してくださいませ。
一緒につけるはずだったイラスト、失くしてしまったのでこれだけでお願いします。


 
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